
今日の一句 昔ヘチマで背中流した仲 浮浪雀
土曜日はbe。悩みのるつぼ。60代女性。14年も不倫していた主人を許せない。女とは長男立ち会いの下で別れた。主人は老後は私に尽くすために女と別れたのだ。そういうので別れないでいるのだが、気持ちの収め方がわからない。回答者野沢直子。これは個人の問題でむずかしい。私なら、夫を好きかどうかよく自分の心を見つめて結論を出す。夫との関係を考えるのではない。自分の気持ちを確認する。好きなら、今までのことは忘れる。忘れるようにする。好きでないなら別れる。これからの老後20年、30年はっきりしない気持ちで過ごすのは嫌だ。なかなか明快な答えだった。
通信のレポートをやる。5枚あった。それから巡業公演のワークシートをつくって送る。巡業公演のレジュメを手がけたが、完成はしなかった。午後はグズグズして読書会。神保町。バスで千歳烏山ー笹塚ー新線新宿ー神保町。カレー屋をスマホで探して、野菜カレー1300円を食べた。ライスが別料金でサフランライス。もうこういうもんだ。という味。歩いて女子校。女子高生がわらわら下校するところだった。校門で下校指導をしている女先生がいた。「はい、時間遅れてる!第二ボタン!」とチェックに余念がない。場所の画面を見せると親切に中まで入って案内してくれた。私が入ったのは裏口で玄関はずっと先立った。中はきれいな伝統校である。
14人集まった読書会は国立大学の名誉教授となってフェローとなった作者の先生。この人は40年前から知っている。始めて会ったときは相手は大学の助手だった。その方と同じ大學の現役の女性の教授?あとは名門高校の保健室の先生。みな女性である。そして私が見知っている退職教員が二人。高校の管理職の先生。教頭か。京北、広尾、獨協、山脇、麻布、順天、共立、早稲田、と私立のまあいいところの学校。話題は、日本社会では、仕事を休むことが許されない。それはなぜか。学校教育のせいではないだろうか。ということを主題として実証的なデータをあげて論じた本の読書会である。あらためて思ったが、ここは私にとってアウェーだ。まあ、例によって言いたいことを言ってみるが、話が微妙にずれる印象。私は一生ずっとこういうことをしてきたんだと改めて思った。会は2時間行って15分延長して終わった。このあと希望者は飲み会になだれ込むんだと思う。一人先に出て歩いて神保町まで行った。折から雨がパラついてきた。これから気温が下がるんだ。飲み会に出ればそれなりに得る者はあるかもしれないが、とてもそういう気分ではない。いつもそれで世間を狭くしているんだと思う。ずっとそうだ。
この前K氏のさそいで日高屋での飲み会が10年ぶりくらいだった。こういう読書会も10年ぶりくらいだ。以前もアウェーだったがそれには目をつぶっていたが、今となっては場違いなところへ出ていた印象が強く意識された。いやまあなかなか収まりどころがみつからない渡世である。
工業高校の同窓会に出れば東大出の教養(けっ)が邪魔をするし、東大の集まりでは工業出の育ちの悪さを隠さなければならない。文系の話になれば理系の具体的データとエビデンス(けっ)が気になるし、科学の話だとその成立事情(パラダイム)が頭の片隅でうずいている。だから人付き合いしたくないんだが、誘いがあると何かあるかもしれないとさもしい気持ちになって参加の返事をしてしまう。そうなったら約束は守らないといけないので、義務感で出席するのだ。